『猪』(獄ベル) ※甘(痒い) |
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| 「乗れ!」 と叫んだらベルフェゴールは笑った。 「うしし、何、連れてってくれんの?」 「ああ」 楽しげに、からかうような口調が癪だったが肯定する。 「すぐそこっぽいしな、音追えば着くだろ」 「おまえってホント、無駄に行動力あんね」 「いいから黙って乗れよ」 「ししし」 自転車の後ろ、なんだか甘えたような雰囲気で、 跨ったベルフェゴールは下を向いた。 薄暗さの中、夏特有の力、時間が遅く感じる。 「ケツ痛くねーかよ」 「気遣いどーも」 遠くで音のした花火、ベルフェゴールがそれを見たがった。 目についた自転車屋で、荷台着きの自転車を買った。 万が一のため多めに入れていた金は、 たった今、万が一が起こり、消えた。 「密着二人乗り!」 ふざけてだろうが、言っておいて次の瞬間、顔を背けるのは反則だった。 恥ずかしくなるのなら言わなければいい。 サドルに跨りながらこちらも照れを隠すのに必死で、言葉を探す。 「・・・ついに俺を意識しだしたか」 「ちげーよ、ガキ」 「どっちがガキだ」 その気がなければどこまでも大胆に、行動し発言するくせ、 境を越えると一歩引いて、自分を守る王子様は臆病者だった。 「落ちんなよ」 呟いて漕ぎ出す。もぞもぞと腹にまわされた腕。 始めは自分でも、認められなかった恋心、今では五月蝿く主張していた。 「あのさ、毎回どっから現れんの、おまえは」 「それはこっちの台詞だったんだけどな昔は」 数時間前の意図的な再会の場面を思い出し、苦笑う。 俺は割り切ると結構極端で、ああこいつが好きだと思った瞬間から、 地味に繰り返しアプローチしては、相手にされず、 苛々することは多かったが、それでもまめに接触しようと努力し、 今もまた耳に入れた接触のチャンスに、飛びついてできた状況。 遠くでどん、と音。夜空の向こう、花火大会の日。 「おまえの前世は猪だと思うな」 漕ぎ出した自転車がやっと軌道に乗って、滑り出した頃。 「んだそりゃ・・・」 突然のネタに顔を顰める。 「俺はその猪を弓で射ったどっかの王子」 「前世も王子か」 「ししし、当たり前」 「殺されたのか俺は」 「ごめんね」 「責任とれよな」 「どうやって」 「どうにかして」 頬に当る風、足元の涼しい空気。 下らない会話がきらきらと光って聞こえた。遠くでまた花火、 前方の建物の隙間に、華やかなものが映る。 「見えた」 「見えたな」 思っていたより負担の少ないペダルを押しながら、 背にいる想い人の一挙一動に集中していた。 「・・・」 無言になったベルフェゴールの意識は、 恐らく花火に向けられていて、俺は自転車を漕ぐ足に勢いをつける。 「また・・・」 悪戯に気を急かす、音だけの花火。 律儀に反応するベルフェゴールと、焦る俺。 「掴まれ」 「?!」 ぐい、ぐい、といかにも苦しげな進み方で、自転車の速度に貢献する俺は、 必死でさぞ格好が悪かったろう。それでも早く、良く見える場所に、 連れて行ってやろうとする気持ちが勝ち、息荒く、漕ぎ続け目の前が白くなった。 「汗すげー」 草むら、もう少し頑張れば、真下みたいな場所で、花火を見ることができた。 河原、ベルフェゴールが人ごみを嫌うので、妥協したこの場、人の気がない幸運。穴場かもしれない。 寝転がって伸びている俺を、ふいに覗き込んできた顔に手を当てる。 褒美とばかりにキスが貰えた。
END
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Friday, 17, Aug | トラックバック(0) | コメント(0) | ●ヴァリアー | 管理
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