『敵』(ディノスク) |
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今、持っているそいつに関する情報のすべてが、 噂で得たものだということに気付いて、
顧みると名でさえも直に、聞かされた覚えがなかった。
「どこ行くんだあいつ?」
校庭の端の自販機、そこで飲料を買おうとした時だった。 校舎裏へ向かう影を、見て呟くと舎弟が急ぎ俺の目の先を追った。 頼りない足取り、金の髪・・・。 「名は知りませんが、酷い落ちこぼれだってんで有名です。 運動音痴だそうで、 あ、最近腕効きの家庭教師を取ったとか・・・」 「・・・」 すらすらと解説、よく知ってるものだと感心しつつ、 一番聞きたい場所が抜け落ちていることに苛立つ。 「何してんだぁ゛?あそこの裏で?」 「さぁ」 「・・・」 未来に、血の色と死の臭いを、 約束された生徒の多いこの場所を飾っている、 喧騒の音が耳を掠めて行く。 「先戻ってろ」 「はい」 舎弟を背に、向かう校舎裏は風通しが良く、 近づくと涼しげな空気が出迎えた。
・・・緩んだやる気の無い表情。
校舎裏に消えた金の髪、一瞬だけ見えた横顔。 今まで、何故そいつを知らずにいたのか、 身体の奥が、妙にざわめいて引寄せられる。 「う゛ぉおい」 丈の短い雑草を踏み分け、人の気の無い校舎裏の木陰、 読書をしているらしかったそいつに声を掛ける。 俺の顔を見ると青ざめ、困ったように笑った。 「・・・」 固まって声を出さないそいつに、 思わず苦笑いを浮かべて、 「別に噛み付きゃしねぇぞぉ、そこの木陰入れさせろ」 「・・・」 気味の悪い優しい声を出した己。全身が痒い。 長い睫毛と、整った顔立ち。 命乞いをする時、それはどんな表情を作るのか。 「おまえ強ぇかぁ?」 舎弟に、聞かされた情報を無視して問う。 「・・・」 会話を作る理由にこのセリフしか思いつかなかった自分の、 社交性の低さに呆れる。 「なぁ」 「・・・」 だんまり、 校内に俺の力の、脅威が知れているのはわかる、 実際、落ちこぼれだというそいつにとって、 俺という存在は危険と恐怖と同意義だったのだろう。
気の短い俺はそいつを殴った。
「痛ッ?!」 「応えろぉ」 「・・・弱いに決ってんだろ」 「そうか」 「知ってるぞ、S・スクアーロ、 おまえは、強い者を倒すのが好きなんだってな、 だったら俺にかまっても無駄だぞ? 俺弱いし、強い知り合いも・・・あー、いない」 「いるのか」 「いない」 「詰まったぞぉ、今」 「・・・」 「いるんだな」 「いるけど、この学校の奴じゃねぇし、 赤ん坊だし、わけわかんねぇし」 「・・・」 喋り出すと、少し緊張が解けたのか表情があの時、 見えた緩んだ調子になっていて安猪。 「まぁいい、興味ねぇ」 「はぁ?」 言葉を、交わしたことに満足して、 そいつを搾れば出てくるらしい強者の存在が如何でも良くなった。 「寝る」 「・・・」 会話を、続けていく自信がなくて、 しかし傍を離れるのが嫌で、 たぬき寝入りを始めた俺を、 そいつは恐々と除いて来た。 視線を感じて、鼻先がひくひくと動く。
そいつが立ち去ろうと腰を浮かした。
(・・・)
「どこ行く?」 「おわっ?!」 「ここに居ろ」 「・・・」 可笑しなものを見るような、 青の目と困ったような笑い。 「わけわかんねぇ・・・」 「俺もだ」 「・・・」 しぶしぶ、また俺の横に、 腰を掛け直し本を開いたそいつを見つめる。 青の目が美しくて、 その色の底に、怒りと殺意を宿したら、 どんな煌きを持つのかと想像し、 胸が鳴った。 「おまえ・・・」 「ん?」 「殺してぇ奴、いるか?・・・」 「・・・」 大半、裏の世界へと進む、 生徒の多くは家系の関係だとか父親の敵だとか、 宿命の敵が存在していた。 「そいつを、殺すために、強くなろうって、 思えるぐらい、殺してぇ奴が、 いるか?」 日々、強さを競う俺達の中で、 その、敵への想いというのはあまりに、 大きな存在感を持つこと・・・。
殺すと、誓うような相手、 特別なその誰かが、 俺にはまだいなかった。
「いない・・・な」 「いないか・・・」 「ああ」 「そうか、俺もだ」 「へぇ?」 「・・・」 「意外だな」 「意外かぁ?」 「だっておまえ、その、凄ぇ強いし、 てっきり・・・」 「敵になぁ」 「ん?」 「なる前に皆、倒れる、俺の前に、 無様に転がる、 俺は、 負けたことがねぇ、 だから敵も、 できねぇ」 「うわ何だよ、自慢かよ」 「自慢じゃねぇ」 「自慢だって」 「おまえなれよ」 「は?」 「俺の敵に」
「・・・」
口にしてから、しまったと、 思いそれはもう遅くて、
それは、そいつにだけでなく、 俺にも衝撃を与えた。
俺の本音だった。
「は?」
二度目の聞き返しと、 青い目と、その、青が怒りと殺意に、 染まって牙を剥くのが、 見たいのだと悟ったことが、 気恥ずかしかった。
殺されてしまいたいと、
思った相手は初めてだった。
「俺を、 殺せるぐれぇになれ、 俺が、 てめぇを殺すために腕を磨かなけりゃなんねぇぐらいに、 強くなって俺の、 敵になれ」 「・・・」 「わけわかんねぇ・・・」 「俺もだ」 「・・・」 今、そいつはあまりに弱くて、 だから強くなるのを待つ時間、 それが与えられる、 俺の、敵というものにそいつに、なって欲しかった。 それは、
純粋な頼みごとだったと思う。
続
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Sunday, 09, Jul | トラックバック(0) | コメント(0) | ●ヴァリアー | 管理
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