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カテゴリーの『取扱について』を読んで下さい。
 



『山形』(マモベル) ※甘注意


「マーモンマーモンマー」

「聞えてるよ」

あ、そうなんだ、なんて呟いて踏み込む。
読書のための、ゆったりとした椅子の周り、
ずらりと囲む本棚の奥で顔を上げた、
静かな、飄々と影の掴めぬ、男の瞳は白い。
薄い唇が動き、また来たの、と囁く。
細い目がさらに細められて、空気と溶け合い怪しげな、
笑みが現れて思わず、足が竦む。
「ベル?」
呼ばれてはっとして暗い、照明の下のそこへ近づく。

「何の用」

「だっこさせて」

いいよ、なんて何食わぬ顔で息を吐き出すように、
呟いて細い目は、瞑っているように見えた。
小さく山形に閉じられた口元が、昔をほんの少しだけ纏っていて、
それでもそれだけのことが、嬉しくて抱きつく。
「だっこって言うか、正確には抱きつかせて、じゃない?」
「だっこなんだよ」
「・・・」
「ベルは変わらないね」
「マーモンも変わらないよ」
「・・・」
座っている大きな、どう育ったのか検討の着かないがっしりとした、
身体の上に乗り出し、首に腕を廻し目を閉じる。
背中を支えられてせっかく、
浸っていた過去が壊れる。
「駄目、やめて、マーモンの手はそんなとこに届きません」
「わけわかんないよ」
「赤ちゃんの手は短いんだよ」
「・・・」
「マーモン」
「何」
「小さくて可愛いね、マスコットみたいだよ、大好き」
「・・・」
「ねぇ、ほっぺにさわってもいい?」
「・・・」
肉の無い、すっと形の良く平らな頬を敢えて、
人差し指で突付く。埋まった指はすぐに歯の骨に当たった。
見ると細い目が悲しげにこちらを見ている。
「ベルはさ、」
「・・・ん?」
「僕の成長を憎んでいるね、
 時の流れが変化を、
 作ることを認めようとしてない、
 そうやって、現実を否定しても何にもならないよ、
 皆が、もう変わったことを、
 世代の、移り行くことを君が、
 寂しく思うのは勝手だけど、
 僕を巻き込まないで」
「・・・」
やめてと言ったはずの手は今度は腰を抱きこみ、
片方はこちらの、後頭部に添えられている。
抱き込んでいるはずが、抱き込まれている事実。
「可愛いベル、
 君が、必死で変わらないどこかを、
 欲しがってるのを知ってる、
 でも、僕はそれには答えてあげられない、
 僕に、昔を見るのはやめて、
 僕は、君のために生きてるんじゃない、
 僕のために生きてるんだよ、
 成長させてよ、御願い、
 僕はもう赤ん坊じゃないよ、
 都合の良いぬいぐるみじゃないよ、
 ・・・認めてよ、変わったんだよ」
掠れた、低いような高いような声は、
息と共に耳に届き、妙に気分をざわつかせる。
「マーモン」
呼ぶとまた山形の口元。何を、言われるだろうかと自分の、
一世一代の叫びの結果を待っている。

「おしゃべりになったんだね」

言うと、がくりと肩を落とし今度は、
本当に目を瞑って長い指を眉間に当てる。
「僕は、君が好きだ」
恥ずかしげに吐き捨てる。
「だから、いつまでも君に、
 相手にされないのは嫌なんだよ、
 君と、
 ずっと、関係が昔のままなんて、
 冗談じゃないよ、
 ぬいぐるみの玩具じゃ、
 ないんだよ、もう」
「・・・ねぇ」
「何」
「俺、マーモンのことぬいぐるみなんて思ったこと無いよ」
「・・・」
「マーモン、知らないだろうけど、
 マーモンが赤ちゃんの時俺、
 一回寝てるところにキスしたことあるよ、
 ずっと、俺の中でマーモンは大好きな、
 大切な存在なんだよ、
 それが、変わらないことは駄目?
 嫌なら、昔を懐かしむのはもうやめるよ、
 でも、マーモンのことが好きなのはやめたくない」
「ッ」
ばさりばさりと、横の本棚から本が落ちる。
シンクロしているのかと言うタイミングで、
マーモンの、頬も赤く染まる。
「なら僕が、ベルのことを、
 抱きたいと言っても僕を、
 好きでいてくれる?
 僕が、
 無害なぬいぐるみじゃないって、
 ことがわかっても僕のところに、
 こうして来てくれる?」
「待って何それ、誘ってるの?
 俺マーモンってそういうの、
 嫌いだと思ってずっと言わないようにしてたのに」
「イメージ壊れた?」
「・・・」
「ちょっと無言にならないでよ」
「ししし」
「何笑ってんの?!」
「イメージって、マーモン、イメージ作ってたの?
 雰囲気とか、自然に出てるのかと思った」
「・・・」
「ガキだなぁ」
「うるさい、ベルの方が見かけガキでしょ」
「うしし、そういえばマーモン、
 思春期真っ盛りだもんね」
「黙ってよ、セクハラだよベル、
 泣かすよ」
「うわぁ怖い」
「僕の気のすむまで付き合わさせるよ」
「うわぁ怖い」
笑い声の響く、本棚の影で何年ぶりかの、
マーモンとのキスをして笑いあう。
新しい過去ができて、
振り返る量が増えた。
回想の中のマーモンの、
姿はもう赤ん坊じゃなくなった。


END



名前で始まるシリーズと唐突に名づけてみたり。


『大馬鹿者の死』、『タイプ』
とあわせて三つのシリーズ。


やたら甘い。甘三部作。
・・・次々と決まる肩書き。
(の割りにたいしたこと無い中身)



Sunday, 13, Aug | トラックバック(0) | コメント(0) | ●ヴァリアー | 管理

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