『Because of ...』(イルロイ) ※アンケート1位/高校生破面 |
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何のために、
いつもより早く寮を出たのか。
春の終わり、朝はまだ少しだけ寒い。
寮から校舎までの道沿いにある人の手の入った林の、
木々の間から漏れ出す朝日が眩しい。
早足に進む。
角を曲がり校門まで一直線の長い道に入ったところで、
向かいから来る見覚えのある人影。
軽快な走りで近づいて来る。
まだ顔のわからない距離だったが、
ジャージの上からでもわかるその痩せ過ぎた体形は、
イールフォルトの知る人物であることに違いない。
近くなったところでこちらにへらりと笑いかけて来た。
その、笑顔に何を返せばいいのか迷った。
(あいつは、何を期待してる?
俺が、朝一番の笑みを返すとでも思ったのか?
それとも声をかけてもらいたいのか?)
イールフォルトは思わず向かってくるディ・ロイから目を逸らした。
高い位置にある校舎に伸びるその道からは、
日本の密集した住宅地が見える。
まるで土手のような一本道を、向こうとこちらから、
近づいていくしかないその道がなんだか優しく感じる。
なぜだかは分かりつつも分かりたくない。
(やはり何か一言・・・)
考えている間にも距離は縮まる。
今更声を掛けるか掛けないかで迷うほど、
仲が薄いわけではない。
お互いの、出身地も育ちもぼんやりと知っているし、
クラスも食べ物の好みも、
近況も交友関係でさえも分かり合っている。
それなのに、
まだイールフォルトは遠くの景色を眺め誤魔化していた。
心地よく刺さる空気だとか、
鳥の声だとか、
ディ・ロイの、笑顔を包む朝日だとかが、
何だか新鮮で緊張したのだ。
(ああ、駄目だ)
そのまま、すれ違うと思えた。
その時、
「イール」
突然掛けられた声は心臓にビクリと負担をかけた。
気付けばこちら側に進行方向を合わせ、
足踏み状態でついて来ているディ・ロイが横にいた。
「何だ」
努めて低い声を出す。
「早いね、どしたの、早朝の校舎に用事?」
「ピアノを弾きに行くんだ」
「へえ」
「ついて来るな」
「なんで」
「おまえの、ボクシングの時間が削れるぞ」
「いいよ、今日一人だもん。
グリムジョーかぜで休み」
「かぜ?」
「春かぜ、暖かくなって油断してたみたい」
「ドジめ」
「はは、グリムジョードジ!」
何が面白いのか、ディ・ロイはくっくと笑って、
なんだか楽しそうだった。
「ふ」
漏れた声と笑みに、
「機嫌、悪いわけじゃなかったのな」
などとディ・ロイは呟き、また笑った。
その、顔が赤いように見えた。
「何照れてる」
「て、照れてねえよ」
「ははは、どもってるぞカスが」
口角を上げて、めったに使わない極上の笑みを晒す。
「嫌味にさわやかスマイル使うのやめてくれる?」
「くっく」
「もー、笑うなよ腹立つ」
二人、連れ立って校舎に向かった。
古い、
薄緑の屋根が見えて、
校舎に到着。
出身に統一の無い孤児たちが集められた、
全寮制の高等学校、位置する所は日本であったが、
その生徒達の人種は多様であった。
各国にふらりと、現れこの学校へと、
孤児を送り込む男は藍染という日本人で、
一見、慈善活動家と思われるがその裏、
マフィアやギャング、やくざの類と繋がりを持っているという噂だ。
「1曲だけだぞ」
校舎についてからすぐに、
向かった4階の音楽室の中は、
日の光でうっすらと明るく、温かだった。
「ジャズがいいな」
にっと、過去に服用していた薬のおかげで、
ぎざぎざになった歯を覗かせ、
ディ・ロイはリクエストをして来た。
「ケークウォークとか聞きたい」
「ドビュッシーか」
朝の、防音室の中で二人、
春独特の日の光を浴びながら音を感じた。
「じゃ、俺、朝のSHLまでにシャワー浴びとかなきゃだから」
「ああ」
「朝から芸術的音楽アリガトウゴザイマシタ」
「ぎこちないな」
覚えたての日本語をやたら使いたがるディ・ロイは、
この前意味もわからずクラスメートに満面の笑みを向けて、
「アイシテイマス」
を連呼していた。
思い出し舌打つと、ディ・ロイは不思議そうな顔をした。
「じゃね、またお昼に来るから」
言い捨てられた言葉に苛つきが吹き飛ぶ。
楽しげに去り行く後ろ姿に笑みを向けて、
「ふん、迷惑な奴」
ピアノの鍵盤を撫ぜる。
不意に気付いて、情けない気分になった。
「俺は、ピアノの練習のために・・・」
「寮を、早く出たのはピアノを弾くため」
自分に、
言い聞かせるような、
響きが憎い。
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Friday, 06, Jan | トラックバック(0) | コメント(0) | ●イルロイ | 管理
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