『口笛』(イルロイ)② |
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「カス、カスはどこだ」
「さっき、おまえ探しに行ったぞ」
「くそ、あの馬鹿」
「入れ違いだな」
「グリムジョー、伝言を頼んでいいか?」
「ああ」
コホンと咳払いをし、
「あの喧しい不快な音を出すのをやめろ。
生理的に嫌でおまえに近寄れない」
「・・・」
「と・・・」
言い終わった俺の後ろに視線を送りながら、
「あー・・・」
グリムジョーが間延びした声を出した。
「だってよ、ディ・ロイ」
「カス・・・」
「・・・」
「ディ・ロイ・・・」
シャウロンがカスの、肩に手を置きどこか、
労わる様な声でカスの名を呼んだ。
「イー・・・ル・・・口笛、嫌いだったのか・・・」
呟いた奴の声は沈んでいて、
少しまずいことを言ったかと思い、様子を伺っていると、
「気づかなくて悪い!もう吹かないからさ!!」
急に明るい声を出し、奴が顔を上げた。
「・・・それでいい」
「おい・・・」
何か言いたそうに、グリムジョーが声を上げたが、
無視してカスに詰め寄る。
「んっ」
「・・・」
「うわー」
唇を奪われ、呆気にとられている奴の眼前で、
にやりとした笑みをつくる。
「良い子だ」
「うっ」
「なんだそりゃ・・・」
「どうも最近風紀が乱れてますね」
「・・・」
カスは少し笑ってみせたが、俺と目を合わせないようにして、
肩を落とし去っていった。
「おまえ、その顔でそのセリフは無しだぜ」
「どういう意味だ」
「あいつ、何も言えなくなってたじゃねーかよ」
「いわゆる、殺し文句ですね」
「・・・」
その時は、そんな雑談をしてその背を見送ったが、
「カスが・・・」
「迷ってるんでしょうかね」
一向に、戻ってこない奴を、酷く心配する羽目になった。
「あれからもうずいぶん経ったというのに・・・」
「じっとしていても落ち着かん、
探してくる」
「私も手伝う」
闇の、濃い場所でひたすら名を呼ぶ。
向こう側から聞えるシャウロンの声だけが、
こちらに返ってきてここには、
奴はいないかとも思った。
「居たか?」
「いや・・・」
次第に焦りが、じわじわと浮上してくる。
「ディ・ロイは昼間、貴方に口笛の上達を伝えようと、
前も見ずに走り回っていました。
気を落とすのも無理ない」
「・・・」
悪者は俺かと少し眉をひそめると、
シャウロンは溜め息をついて、
「では、私は向こうを探します」
と言い去っていった。
「・・・手のかかる」
頭中をカスの声が響く。
「だから、こうだよ、
こう、唇で丸を作って・・・」
その言葉の通りに、
生まれて初めて、吹いてみたその高い音に、
嫌悪感は無かった。
繋がると美しくさえ感じた。 「イール・・・?」
「カス」
「イール、凄い上手いじゃん口笛」
「そうか?」
「うん」
どこから出てきたのか、
カスは嬉しそうに腰に抱きついてきた。
「すげえ、まさかイールが吹いてたなんて・・・」
「どこに居たんだおまえ、探したぞ」
「ま・・・迷ってました」
「情けない奴だな」
「イールが、口笛吹いてくれなかったら、
また彷徨うとこだったよ」
「カス・・・」
頭に手を置くと照れたように笑った。
口をもごもごさせてから、
こちらと目が合うと嬉しそうに、 額を胸に擦り付けてくる。
「良い匂い」
「ああ」
「幸せ」
「・・・」
安い幸せだな、という言葉を飲み込み、
背に手を添えた。
「口笛、吹いてみろ」
「良いの?」
「吹け」
どこか、誇らしげなディ・ロイの口笛は、
昼間聞えて来ていた、
どの種類のものでもないように聞えた。
「悪く無いな」
どういう、心境の変化かと自分でも思ったけれど、
あの耳障りな騒音を、綺麗な音だと感じている事実。
「カスの執念か、気味が悪いな」
その音に誘われるように、シャウロンが顔を出し、
「見つかったようですね」
と微笑んだ。
この時のカスの口笛は遠く、
響きグリムジョーまでもが後日、
「この間の新曲聞かせろ」
などと、
言っていてカスは、
嬉しそうにまた口笛を吹いて、
「あ?ちょっと違くないか?」
「ん?」
「カス、口笛を聞かせろ」
「イールっ」
「お、吹けたじゃねーか・・・」
俺専用の曲をつくった。
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Monday, 09, Jan | トラックバック(0) | コメント(0) | ●イルロイ | 管理
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