『掴む手』(イルロイ +シャウロン) |
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ぐりりと出た大きな目を忙しなく瞬かせ、こちらの話に聞き入っている彼、ディ・ロイに、
数分前声を掛けられた。
「なぁ、アイツと仲良かったよなアンタ」
突然、普段あまり言葉を交わさぬ相手に話し掛けれて一旦、口を噤んでしまったこちらに、
かまわずその独特の空気で自分勝手に会話を運んでいった彼は、
彼の天敵、であろうイールフォルト・グランツのことについての情報を求めてきた。
近々、何か反撃にでも出る気なのだろうかと思案していたら、唐突に彼が言葉を発した。
「じゃあイールフォルトって、やっぱずっとああなんだな」
「?」
「高飛車で、気分屋で、飽きっぽい」
「・・・ああ」
「なんだよ、俺、ちゃんとわかってるじゃん」
どこかに、文句を言っているような、ぼやき。
「・・・」
「ちゃんと、理解してるじゃんね、俺?!」
「は?・・・」
こちらに、聞かれても困る。
向けられたディ・ロイの笑みはいつにもまして、薄っぺらく軽い。
もう、顔の一部として溶け込んでしまったような、作り笑いのような笑み。
「よく、わからないがもう、用は済んだんだな?」
「・・・」
「・・・」
「・・・っ」
立ち去ろうとしたこちらの、裾が何かに引かれる。 「・・・他に、何かあるのか?」 言って、つかまれた裾を緩く引く。
退こうとしたこちらの裾を、引きとめようとしたのか掴んで離さない彼に、
別に、そんなところをつかまなくとも逃げないぞと、
諭してみたもののディ・ロイは、一向に放そうとしない。細い指には、一層力が入りどこか、
震えているようにも見えた。
「まだ、何かあるのか?イールフォルトのことについてなら、
私の知っていることは、すべて話したぞ」
「うん」
いや、うんじゃなくてだな・・・。
「・・・」
「・・・」
困り果てて周りを見回したら運悪く居合わせたグリムジョーと、目が合った。
「グリムジョー」
「・・・」
「彼は何がしたい?のだと思う?」
「・・・知るかよ、てか何やってんのおまえら」
「いや、何というか・・・」
「・・・おい、ディ・ロイ、どうしたよおまえ、シャウロンと何かあったのか?」
「・・・」
「ディ・・・」
「俺、イールフォルト、に、その、キスされて・・・」
「・・・ ・・・ ハ?」
「はあ?!」
「・・・」
「あ、その、どう思う?やっぱ、からかわれた?あいつって、いつも、その、
キスとか、誰にでも、する、のかなってさ・・・」
「・・・」
「・・・そうだな、まぁ、あまりプライベートなことについてまで、私は詳しくないから・・・」
「・・・そ、そうだ、よな、うん」
うつむく、彼の耳はかわいそうなくらいに、真っ赤だった。
「ご、ごめんな、変なこと聞かせちゃって、あ、グリムジョーも、ほんと、ごめん」
ああ、彼は好きなのだ。
あの、気位の高い男を。
人を貶し笑う、あの高飛車な男を。
(日々あの男の激情の対象となっているのに) (常々貶され傍から見ても辛そうに悔しそうにしていたのに)
かわいそうに・・・
(どこに惹かれたのか何が気に入ったのか知らない)
(けれど・・・)
あの、気分屋で飽きっぽい男は、
すぐに彼に飽きる。
「カスが」
恐ろしく低い声と共に、少し高い位置に立ちこちらを憎々しげに見下ろしながら、
登場した男、イールフォルト・グランツが、悪態をついた。
「何処の、馬鹿が、貴様、どうして秘め事も出来ない?!この、トリカス!」
「トリカス?!なんだよソレ?」
「トリのように脳が小さいカスの略だ」
「それ略しすぎじゃねぇか?」
「でもゴロはいいな」
「だろ?」
「っておいロイ、何向こう支持してんだ。おまえ貶されてる自覚ねえだろ」
「だって・・・」
「何がだってだ」
途端に、騒がしくなったのは気のせいか?
ディ・ロイはどことなく嬉しそうで、どうにも、哀れに見える。
「カス」
「なんだよ」
「何、バラしてるんだこの、考え無しのトリカス」
「うん」
「何だうんって、うんじゃないだろう」
「うん」
ああ、かわいそうに・・・
「なぁ、イールって飽きっぽいんだよな?」
突然、確信をついたようなことを、口走った彼に焦った。
「ああ、何だ急に」
彼が、悲しむ顔を見たくは無かった。
「あのな・・・」
照れたような、笑い方は彼の、特別の笑いなのだ。
過去、イールフォルトの目線を、追って見つけたそれに、好感を持っていた。
「あの、俺、もしかして俺のこと、からかってるんじゃないかって、思ってたんだおまえが」
「・・・」
「でも、ちがうかなって思えた。おまえ、飽きっぽいんだってことでさ」
「・・・?」
「だって、飽きっぽいおまえが、 毎日毎日ずっと、 カスとか、出来損ないとか何とか、何だかんだ言って、
俺に、
・・・構っててくれたんだもんな!」
・・・。
「それって、考えようによっては、俺、特別なんだよな?」
「くだらん」
世の中、まったく異なった考え方を、する人間はいるもので、
「何だそりゃ」
グリムジョーの呆れ声と共に、己の中に今しがた、確かにあった同情の念が、みるみる消えうせていく。
何がかわいそうなものか。
気付くと、口角が持ち上がっていた。
「あ、シャウロン笑ってやがる!ひでぇ」
「っつーかなんか、むかつくおまえら、よそでやれよ」
「ひがみか」
「うるせえ」
「シャウロン!笑うなよ!」
・・・いつのまにか、彼につかまれていた裾は、
開放されていた。
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Saturday, 20, May | トラックバック(0) | コメント(0) | ●イルロイ | 管理
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