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カテゴリーの『取扱について』を読んで下さい。
 



『嬉と愛楽』(イルロイ)



馬鹿みたいに大口を開けて、
何がそんなに楽しいのか。
隣にいるグリムジョーも声を張り上げて笑っている。
「オイ」
やっと一人になったところを呼び止めてこちらを向かせた。
際限無く溢れるかと思えたほどの、笑顔は消えていて、
代わりに、見えたのは無機質な瞳。
咄嗟に呼び止めてしまったその先に、
続く言葉なんてもちろん無くて、
黙っていたら案の定、気の短いディ・ロイの、顔が不機嫌に歪む。
心底、つまらなさそうな、渋い表情。
また、嫌味でも言うのだろうと思われている。
いつも、彼のそういう苦々しい顔しか見れない自分の、

何が悪いのか。
何がちがうのか。

「何だよ、言いたいことあんなら言えよ」
温度の無い、暗い声色。独り言のような言葉。
「・・・」
どうすれば、おまえはこちらを向くのか。
ああ、腹が立つ。
どうして俺が、こんなにも追い詰められているのか。
こんなことを己に考えさせる目の前の、
小さな男がとても憎かった。
「本当に目障りな奴だな、おまえは」
おまえなんかが、どうして。
「いるだけで迷惑だというのに、
 ああして大声で騒ぎ立てて、
 恥ずかしくないのか、ゴミ」
どうしてこんなにも、心を乱させる。
「・・・」
「何とか言ったらどうだ、カス」
気に食わない。だんまりを決め込むディ・ロイを、
上から見下すように見つめる。
「出来損ないにはまともに言葉を組み立てることもできないのか?」
いつも、会話という会話が成り立たない。
こちらの、言葉などいっさい聞いていないというような、
無言。それが、気に食わない。
俺の、言葉はおまえには、届いていないというのか?
それは、あんまりじゃないか。
こっちは、おまえの一挙一動を気にしている。
それなのにおまえは・・・
俺の言葉を、気にしない。
そんなのは不公平だ。
あんなふうに笑いあえなくてもいいから、
険悪なものでもいいから返して欲しい。
俺の、言葉をおまえが、どう感じたのか知りたい。
何でもいいから感じていてくれていると、思いたい。
「・・・ ・・・悪かったな」
擦れた、ところどころ湿った声が、耳に入った。
初めての反応。
驚きと感動で、すぐに舌を動かせずにいたら、
奴は下を向いていた顔を上げて、こちらを睨んできた。
その時、本当に、押しつぶされるんじゃないかと、
思った。体の、中心を槌で打たれたような、
衝撃。
「悪かったな!!」
もう一度強い口調で言い直したディ・ロイの、
さっきまで冷たく、こちらを映そうとしていない、
いやその様に見えた、無機質に見えていた瞳が揺れる。
そこで初めて、己の変化に気付いたのか、
奴は慌てて下を向き、顔を隠して立ち去ろうとした。
その腕を、掴む。

「・・・っ」

泣くのか?

おまえが?

俺の言葉で?

「放せっ!痛っ」
暴れるディ・ロイを、力の加減などいっさい無くして
引き寄せる己は、衝動に流されるままの、
野蛮な動物のようだ。
だが不思議と、そんな自分に嫌悪感はなかった。
「待て、見せろ、顔を見せろ」
痩せた細い肩を掴み、うわごとのように呟く。
泣かせてしまったからと、心を痛める俺では無い。
ではなぜこんなにも必死に、確認しようとするのか。
「・・・っ!」
力ずくで晒させた顔にはすでに一筋、
こぼれた涙が頬に後をつくっていた。
濡れて歪んだ表情が、煽情的だった。
無理矢理暴いた瞳を見つめながら、気付いたのは、
己の、口端が緩く持ち上がっていること。
自身の、無意識ににじみ出た笑みというもの。
嬉しいと感じている己。
今、腕の中にいる相手は、泣きそうになっていた。
という事実。その、原因をつくれた喜び。
こちらの感情を握り締め、
思うままに動かしてしまう対象が泣きそうになった。
そう、させた。
ことが嬉しくて、こみ上げてきた声。
「フフ、フ、クク、ははははっ」
嬉々とした、思いが心地良い。
「・・・っ!チクショ、チクショウ、てめぇ!
笑・・ってんじゃねぇ!クソ!」
本気で怒り、裏返った声で講義するディ・ロイが、
愛しくてたまらなかった。
「黙れ、暴れるな」
「クソ、馬鹿野朗、クソ、クソ、殺す」
涙声。になっている奴は、こちらの思いを知るわけも無く、
罵りに耐えられず泣いてしまったことが恥ずかしいのか悔しいのか、
恥辱に顔を赤らませていた。
しかも、強引にその顔を見られたのだから、たまったものでは無い。
これで、一段と嫌われたかと思うと、少し残念な気がする。
元来他人の、自分に向けられる目など気にしたことはなかった。けれど・・・
「悪かった」
口を、ついて出た言葉は自然で、自分が一番驚く。
奇跡のような言葉を紡げたのは恐らく、
この高揚した気持ちのなせる技だ。
「・・・は?」
目を見開き、心底気味悪そうな顔をした奴は、
それからその言葉が、泣いた自分に掛けられた同情の言葉かと思ったのか、
また悔しそうに顔を赤らめこちらを睨んだ。
どうも、上手く伝わらないと、もどかしく思うが、仕方が無い。
そういう関係しか今まで築いてこれなかったというそれだけのこと。
「さっきの言葉は忘れろ」
だから、それなら、
「・・・」
これから・・・
「言いすぎた」
「・・・もう、いい、わかった。
 わかったから・・・放せよ」
 ・・・おい、
 聞いてんのか」
つくればいい、新しい関係を。
今までと、違う関係を。
顎に、手を添えて軽く。
「放・・・」
触れただけ。では足りないかと思いつつ、
「よし、もう行っていいぞ」
奴を解放する。
「・・・」
マヌケな顔。しばらく固まり、動かなかった奴の、
顔がみるみる沸騰していく。
「真っ赤だな」
「ちょ、何をおまえ・・・」
「行け」
「おい!」
「なんだ」
「今の、どういう・・・」
今しがた奪われた唇を、手の甲で押さえ、問い詰めてくるディ・ロイに、
ニヤリと笑みを返す。

「フ、おまえは頭も弱いんだな、


 ・・・カスが」



Sunday, 09, Jul | トラックバック(0) | コメント(0) | ●イルロイ | 管理

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