『自覚』(イルロイ) ※追憶注意 |
|
|
弱いくせに態度だけはでかくて減らず口。
何の役にも立ちそうに無くて、ヘラヘラと腹の立つ笑みを浮かべる。
どうしてグリムジョーは奴と共にいるのだろうか。
何の特があって、弱い奴を傍に置くのだろう。
それは純粋な疑問だった。
今は、そんなこと気にしなければよかったと後悔している。
「なぁ、頼む」
「しつこい」
「アンタならグリムジョーも、
考え変えてくれると思うんだよ、なぁ」
下から、こちらの顔を覗き込むようにいつもの、
下品な笑みを浮かべている奴の、懇願。
「連れてってくれよ、俺も」
「・・・」
「なぁ・・・」
次第に寄せられてくるディ・ロイの顔を、叩きたい衝動に駆られたが、
覗き込んでくる奴があまりに必死で、無様で、乱暴な気が削がれた。
「なぁ・・・」
グリムジョーが、下界に降りると聞いた時、
真っ先に同行を申し出たディ・ロイは、二の返事で断られた。
「おまえは駄目だ」とあまりにきっぱりと言い切られて、
奴は何も言い返せず黙っていた。
連れて行けば死ぬだろうから、グリムジョーはディ・ロイを拒否した。
あの時、断られたディ・ロイに対して誰かが発していた、
嘲笑と嘲りの言葉を聞きながら、
密かにグリムジョーの心の内を察した。
そういう、
精神的な繋がりなんてものを、俺は信じたくなかったけれど、
こんな殺伐とした世界で、
友情だとか言われても困るし、理解できない。
けれど、
グリムジョーは奴に、できれば、
死んで欲しくないと思っていたのだとわかった。
見ていたから知っていた、
察することのできた事実。
仲が良いならそれはそれで良い、
本当のことを言えばどうでも良いと思っていた。
どうでもいいと、思っていた自分を信じていた。
いつも見つめていたからわかる彼等の心情。くだらない絆。
見てしまったから、知ってしまったから・・・
親しい者に向ける特別な顔なのだろう、
時々グリムジョーが馬鹿笑いと違う温かな笑顔を作り、
それにつられるようにあいつも普段とちがう、笑みを浮かべる。
それは一瞬の出来事だった。
ディ・ロイの、照れたような幼い笑み・・・
それを、見たときの冷やりとした感覚を、覚えている。
また見たいと思ってしまった。
何度も見てみたいと思った。
そう思っていることに自覚は無かった。
気づいたのはグリムジョーの、
ディ・ロイに対する否定の言葉を聞いた時・・・。
どうでもいいと、思っているはずだった絆は、
迷惑な繋がりに変わっていた。
あの絆さえなければ気付かなかったものを。
生まれなかった感情、
・・・知らなければ良かった。
自然に、あまりに自然であって苛立たしかった。
できれば何も考えることなくあの、
生意気なディ・ロイの悔しがる様子を見て笑いたかった。
心に、何の、
変化も生じることなく彼等のやり取りを眺めたかった。
決して認めたくないことを認めなければならない。
安猪、した、その事実を認めなければならない。
あの時、心に湧いた感情。
湧くはずの無かった感情。
どうして安心する必要があったのか。
気に食わない。
苛つきがぶり返してくる。
連れて行けば死ぬだろうと思っていたから。
置いていくことに、
奴が死なないということに、
安猪した己の、
心の内にあの幼い笑みが映っていた。
自分はあの笑みが見れなくなることを残念に思っている。
弱く目障りだとしか思っていなかった男の命を惜しがっている。
それは酷く不快な事実だった。
「なぁ、頼む」
だから・・・
「カスめ・・・」
「・・・」
「そんなに死にたいか」
だから・・・そんな考えなど無いと、自分に言い聞かせた。
どうとでもなれと無理矢理に思った。
弱く不確かなその存在に、何も思うところは無いのだと言い聞かせる。
目の前の男が、軽い存在であることを信じたかった。
「死にたければ死ねばいい」
「・・・じゃぁ」
「口は、利いといてやる」
言うと、奴は満足げに笑った。特徴的な歯が覗く。
グリムジョーに見せる、あの笑みでは見せないギザギザの歯。
馬鹿そうな笑み。
俺を含めた、その他大勢に見せるあの薄っぺらな笑いの顔。
『あのカスが・・・!
連れて行ってくれとせがむから
連れて来てやればこの様だ・・・』
遠く、消えたディ・ロイの命の、炎の音がやみ、
悪態が口をついて出てきた。
死んでも、いいと思っていたのに、
死ぬなら死ねばいいと、
連れてきたのに、
苛つき舌打ちをしている。
ことを自覚する。
| |
|
Thursday, 20, Jul | トラックバック(0) | コメント(0) | ●イルロイ | 管理
|
この記事へのコメント投稿はできない設定になっています |