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カテゴリーの『取扱について』を読んで下さい。
 



『関係』⑯(イルロイ)


「バカーっ!!!!」

叫び声があがる。

「黙れカスッ!誰に向かって言ってる?!」

坂道。

駅に向かう途中の、

あの土手に繋がる川に向かい流れる急な下り坂を、

今まさに二人は疾走する錆びた自転車に乗って、

約一名の大絶叫をバックに勢いよく下っていた。

「怖い怖い怖い怖いーっ!」

「捕まって目でも瞑っていればいいだろう!」

「 も ー し て る っ!」

「声がでかい耳が壊れる!」

「緩めて!スピード緩めてぇええええー!」

今にも泣きそうな要求を受け入れ舌打ちながらもブレーキに触れた。

「?!」

ブレーキを握ったイールフォルトが固まる。

ガチンガチンとまた何度かブレーキを握り、血の気が思わず引いた。

「イールぅ」

ついには弱気な声で、

背にひっしとしがみついて来ているディ・ロイに、

この事実を知らせてはいけないと思う。

「・・・」

(まずい・・・)

自体は恐ろしい方向に急降下している。

恐らく放置されていただろう自転車のブレーキが利かない。

目前にあるのは川で、

土手は開放してありフェンスは見当たらなかった。

春の朝、空気は未だキンとして頬に刺激を送る。

・・・水に濡れたら冷える。

(転ぼう・・・)

川の手前で、

衝撃を最小限に・・・



背に張り付いている愛しい存在を傷つけずに・・・



(上手く・・・)

あたりを見回すと右側は駐車場で左側が畑だった。

(左・・・!)

「わっ?!」

急な方向転換に後ろでディ・ロイが声を上げた。

拍子に回された腕が緩む。



前を見るのをやめた。

片腕をディ・ロイの肩に回す。

自転車が揺れた。

片手でハンドルを操り大きく円を描くように動かす。

土の臭いがした。

打ったようである右肩が痛んだ。

頬に柔らかな髪の感触がある。

カラカラと車輪が回る音が背の向こうから聞こえて、

イールフォルトはディ・ロイを、

包むように畑の柔らかな土に横たわっていた。

「イ・・・ル・・・」

腕の中でうめき声がして心臓が止まった。

「怪我」

低い声で伺う。

「え?」

「怪我は?」

「無い・・・けど・・・」

安堵と同時に汗が噴出す。

室内で多くを過ごすイールフォルトにとって、

野外で土の上で横たわっているこの状況は恐ろしく非現実的で、

先ほどまで警官に連行されていたあの時でさえ、

沸き起こらずにいた不思議な感覚に陥る。

(今この瞬間を絶対に忘れない・・・)

恐らく一生、土と草の臭いと、

抱き込んだ温かい身体の記憶は消えない。

そこではっとして固まる。

こちらを、

じっと見る瞳の色があまりにいつもより近くて、

薄い唇の厚さが妙にリアルに迫る。

角度のために少し、前髪に隠れた上目遣いの視線が何かを、

求めているような誘っているような気がした。

「イール・・・」

呼ばれてはっとする。

「イールって顔、やっぱ凄いキレーだ」

頬に当てられた肉質の薄い細い手に自身のそれを添える。

「間近で見るとちょっとドキドキする」

ぎくしゃくとしつつも何か会話を作ろうとするディ・ロイとは反対に、

イールフォルトは無言だった。

ただ、

したいと思ったことをすることに決めたのだ。

「あ、夜明け!」

自分を見つめるイールフォルトの気をそらそうとしているのか、

頓狂な声を上げたディ・ロイの、

口を塞いだ。

向こうも予測はついていたのだろう素直にそれを受け入れ目を瞑る。

頃合いを見て解放すると、

触れるだけの軽いものだというのにディ・ロイは赤い顔で荒い息をしていた。

「・・・」

黙っていたら深呼吸を始めたので呆れ半分に問う。

「おまえ息止めてたのか?」

こくりと真っ赤な顔で、

頷いたディ・ロイはそのままイールフォルトの腕を逃れごろりと、

向こう側を向き足を包んで丸くなってしまった。

赤く染まった耳が愛しい。

状態を起こしてみたが丸まった背の向こうの表情は見えなかった。

思ったより幼い、

ディ・ロイの反応に恐ろしい速度で愛情が込み上げて来ている。

ふと自転車を与えてくれた大男と公園で抱き合っていた様を思い出した。

変に勘ぐる必要のある行為では無かったろうと今なら断言できる。

遊びまわっているなんて疑いを抱いた己は愚かだったと、

思うと同時に駅で、

ディ・ロイの発した数々の自分への思いの言葉が、

急に頭に再度、今度は直接熱を持って刻まれていった。

意を決して声を張り上げる。



「おまえが好きだ、おまえと、男女間が結ぶような関係を持ちたい」



ぴくりと、薄い肩が動きふとしてこちらを向いたディ・ロイの顔は、

なんだか力が抜けていてふぬけに見えた。

「俺もイール好き」

やんわりと答えてディ・ロイは続けた。

「・・・どんな関係でもいい、イールの、傍にいられる関係なら俺はなんでもいい。

 親友でも友達でも家族でも恋人でも・・・」

朝日を浴びて笑う顔に、いつの日かのそれが重なる。

会いたくて理由を作って早く起きて、想いを自覚したあの日。

「・・・俺は恋人がいい」



断言するとディ・ロイは楽しそうに笑い出した。

朝日を浴びながら自転車を引いて、

二人、延々と続く川沿いを進んだ。



Saturday, 12, Apr | トラックバック(0) | コメント(0) | ●高校生破面 | 管理

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